当館の調査・研究活動

絶滅危惧種コセスジゲンゴロウの生理的な寿命を飼育により解明

 

石川県ふれあい昆虫館の渡部晃平学芸員、長崎大学の大庭伸也博士の研究チームが、絶滅危惧種コセスジゲンゴロウの寿命を飼育により明らかにしました。これは本種が属するセスジゲンゴロウ属の生理的寿命を記録した世界で初めての研究です。

研究成果は、アメリカ甲虫学会が発行する学術誌「The Coleopterists Bulletin」に掲載されました。

 

 

研究の背景

コセスジゲンゴロウは日本と韓国に分布するゲンゴロウ科の一種で、環境省版レッドリストにおいて絶滅危惧IA類(絶滅と野生絶滅を除くカテゴリの中で最も上位)に選定されている絶滅危惧種です。

本種の生態は、成虫の生息環境、繁殖生態、卵~成虫に至るまでの生態などについて知られていましたが、寿命についての情報は皆無でした。本種の寿命に関する情報は、本種の生活史の解明や、適切な保全戦略を検討する上で重要です。例えば、寿命が短ければ、外的要因による絶滅の危険度が高くなりますし、生息域外保全を実施する際、寿命は繁殖スケジュールを立てる上で必要不可欠な情報です。

本研究では、飼育下で2017年に繁殖させた32個体を用いて、本種の生理的な寿命を調べました。

  

 

結果

26℃、照明を9時間点灯,15時間消灯の条件下における本種の寿命について、新成虫が蛹室を脱出してから死ぬまでの期間は6~818日(平均307.4日)で、そのピークはオスでは1~100日と501~600日、メスでは1~100日と301~401日でした。卵が孵化してから成虫が死ぬまでの期間は64~871日(平均369.1日)で、そのピークはオスでは101~200日と601~700日、メスでは1~200日と301~500日でした。

 

 

コセスジゲンゴロウの生理的な寿命について

蛹室を脱出してから300日以上生きた成虫は全体の半数以上で、その寿命は、オスが309~818日(平均556.1日)、メスが318~772日(平均462.5日)でした。

今回の実験は(1)繁殖していない、(2)越冬していない(1年中活動していた)、(3)成虫を個別に飼育する、という3つの条件で行ったもので、同種の個体を含む捕食者や他の水生甲虫(競争相手)が存在する野外で得られる結果とは異なる可能性がありますが、コセスジゲンゴロウの成虫は、活動を始めてから2年以上は生きられる可能性があるということがわかりました。したがって、新成虫は1~2回の繁殖期を生き抜く可能性が高いと考えられます。

本研究は、本種が属するセスジゲンゴロウ属の生理的寿命を世界で初めて記録したものです。

 

 

本研究から考察されるコセスジゲンゴロウの生態について

コセスジゲンゴロウは、湛水と渇水が繰り返される不安定な環境に生息しています。このような環境では、繁殖期や幼虫の出現時期に水域が失われるリスクが生じるため、その年の気象条件によっては、繁殖が容易に失敗する可能性があります。

コセスジゲンゴロウの幼虫期間の長さは、一定の条件下でも個体によって大きな差があることが先行研究により知られていましたが、今回の研究により幼虫期間の長さは成虫の寿命に影響しないことがわかりました。餌が少なかったり、湛水期間が短くなったりして幼虫の成長期間が長くなってしまった場合でも、成虫の寿命に悪影響が無いことは、不安定な湿地帯で生き延びるための利点となる可能性があります。

成虫は2年以上生存可能であるため、干ばつなどで最初の繁殖期に繁殖できなかったとしても、2回目の繁殖シーズンを迎えることができます。このことは、不安定な生息地で生存していく上で有利に働くことが予想されます。

 

 

展望

ゲンゴロウ科の他の種の寿命については、Megadytes lherminieri という種の雌が水槽内で3年9ヶ月生きた記録、日本産ではゲンゴロウの寿命が2~3年、シマゲンゴロウなど多くの中型種の寿命が約1年という専門書の記述、マルコガタノゲンゴロウが飼育下で942日生存したという単発の報告など、ごく少数の情報に限定されます。私たちが調べた範囲では、成虫が活動を始めた日から計測した定量的な寿命の研究はこれまで報告されていませんでした。今回の研究をきっかけとして、他のゲンゴロウ科の種でも寿命に関する情報が収集されていくことが期待されます。

 

 

論文情報

論文タイトル:Physiological lifespan of Copelatus parallelus Zimmermann, 1920 (Coleoptera: Dytiscidae) under laboratory conditions

掲載誌:The Coleopterists Bulletin, 第75巻3号

著者:Kohei Watanabe (渡部晃平)・Shin-ya Ohba (大庭伸也)

 

論文ダウンロードページ(掲載後に下記からダウンロードできます。):https://doi.org/10.1649/0010-065X-75.3.516