日本固有種カンムリセスジゲンゴロウの生活史、幼虫、繁殖環境の記載
カンムリセスジゲンゴロウ
石川県ふれあい昆虫館の渡部晃平学芸員、ホシザキ野生生物研究所の林 成多研究員、伊丹市昆虫館の長島聖大氏の研究チームが、日本固有種カンムリセスジゲンゴロウの飼育に成功し、本種の生活史、3齢幼虫、繁殖環境を記載しました。本研究で得られた生態学的知見からは、セスジゲンゴロウ属の保全と生態解明への貢献が期待されます。
研究成果は、イギリスの国際誌「Aquatic Insects」にオンライン掲載されました。
研究の背景
カンムリセスジゲンゴロウは日本固有種のセスジゲンゴロウ属の一種です。本種の成虫は干上がりやすい湿地に生息することが知られていますが、詳しい繁殖環境や未成熟期を含む生活史は不明でした。
本研究では、カンムリセスジゲンゴロウを飼育下で繁殖させ、生活史を解明するとともに、幼虫期間や成虫の生態等をセスジゲンゴロウ属の他種と比較しました。さらに、3齢幼虫を記載し、兵庫県と島根県で幼虫の生息環境を調べました。
研究成果
本種は水生植物に付着させるようにして産卵すること、卵および1~3齢幼虫の各成育期間、幼虫が上陸後に蛹を経て新成虫が蛹室から脱出するまでの期間などが明らかになりました。文献上の野外の確認時期と、本研究で得られた未成熟期の成長期間より、本種の繁殖期は4~8月であると推測されました。
本種が繁殖し、幼虫が観察された環境は、10日程度雨が降らなければ完全に干上がってしまうような河川敷の水たまり、12日間で3回も水が消失した林内の水たまりなど、水位変動が激しく、浅くて小規模な止水域でした。水中で生活する卵と幼虫期間を完結するためには、最低でも19日間(本研究で明らかになった卵+幼虫期間)は水辺が維持されることが必要です。一方、飼育下では、3齢幼虫は土の中で少なくとも53日間は生存することが観察されました。12日間で3回も干上がる水溜まりでも、湛水直後には幼虫が観察され、野外でも短期間水が無い状況の中で幼虫が生き延びていることがわかりました。当館の先行研究では、コセスジゲンゴロウやヤエヤマセスジゲンゴロウの幼虫も陸上で1.5~2ヶ月生存することが判明しており、セスジゲンゴロウ属の幼虫には、一定の期間であれば、生息地に水が無い間も生き延びる能力があることが示唆されました。
本種の成虫の多くは、羽化した後自力で蛹室を脱出することなく、そのまま蛹室内に留まっていました。この行動は河川敷の水たまりに生息するコセスジゲンゴロウやトダセスジゲンゴロウと同じで、降雨により適切な生息地(水溜まり)が利用できるようになるまで体力を温存するための戦略であると考えられました。カンムリセスジゲンゴロウの新成虫は、餌を食べなくても蛹室の中で約1.5ヶ月生存したことから、これくらいの期間は降雨がなくても耐えられることもわかりました。
研究者から一言
水中で生活するゲンゴロウ科なのに、水が頻繁に消失する環境に生息するセスジゲンゴロウ属。その生き方には、過酷な環境を生き抜くための能力や行動が隠されています。本研究は、その一端を解明したものです。不思議な生態に触れ、セスジゲンゴロウ属の奥深さを知っていただけると嬉しいです。
論文情報
論文タイトル:Life history of Copelatus kammuriensis Tamu and Tsukamoto, 1955 (Coleoptera: Dytiscidae: Copelatinae) and biological implications
掲載誌:Aquatic Insects
著者:Kohei Watanabe (渡部晃平),Masakazu Hayashi (林 成多),Seidai Nagashima (長島聖大)
論文掲載サイト:https://doi.org/10.1080/01650424.2023.2253250