当館の調査・研究活動

絶滅危惧種シャープゲンゴロウモドキの生息域外保全を持続可能にするための代替餌

代替餌を用いて育てたシャープゲンゴロウモドキの成虫(オス)

 

石川県ふれあい昆虫館の渡部晃平学芸員、澄川智紀学芸員が、「種の保存法」に指定されている絶滅危惧種「シャープゲンゴロウモドキ」の生息域外保全を持続可能にするための代替餌について調査しました。これまで幼虫の餌として主に使用されてきたヤマアカガエル(IUCNのレッドリスト選定種)のオタマジャクシに代わる複数の選択肢を提案し、自然下に負荷をかけない飼育を実現しました。本研究成果は2023年9月2日に、国際科学誌「Journal of Insect Conservation」にオンライン掲載されました。

 

研究の背景

日本のゲンゴロウ科の多くが激減していることから、その保全方法の一つとして生息域外保全が進められています。ゲンゴロウ科の幼虫は肉食性で、生きた昆虫、両生類、魚類などを捕食するため、通常は野外から採集した餌を用いて飼育されてきました。シャープゲンゴロウモドキの幼虫1匹が成虫まで育つ間には、約300匹のオタマジャクシを捕食することが知られており、例えば50匹の幼虫を育てるためには、生存率が100%であっても15,000匹のオタマジャクシを必要とします。これだけの餌を毎年野外から採集すれば、自然界に大きな影響を与えてしまいます。

この問題を解決するために、当館では代替餌を用いた飼育の研究を続けてきました。例えば絶滅危惧種のゲンゴロウとマルコガタノゲンゴロウの幼虫の餌に養殖コオロギを使うことで、野外個体群と同等の大きさの成虫を育てられることがわかりました。このように、年中使用可能な代替餌を活用することで、野外資源の保護、餌の採集にかかる時間的コストの削減、繁殖のピーク時期をずらすことによる効率的な飼育等が可能になるなど、多くの利点が生まれます。

シャープゲンゴロウモドキは環境省版レッドリストで絶滅危惧IA類、種の保存法において国内希少野生動植物種に指定されている絶滅危惧種です。シャープゲンゴロウモドキの幼虫とヤマアカガエルのオタマジャクシの生息地や出現時期が重なることから、オタマジャクシがシャープゲンゴロウモドキの幼虫の主要な餌であることが報告されていました。また、シャープゲンゴロウモドキの幼虫はオタマジャクシが出す化学的な手掛かりを認識できること、幼虫の捕食行動はオタマジャクシの捕食に適応していることなどが明らかになっています。野外におけるシャープゲンゴロウモドキの幼虫の詳しい餌メニューは解明されていませんが、これら一連の研究から、シャープゲンゴロウモドキの幼虫の主要な餌の一つがヤマアカガエルのオタマジャクシであると考えられてきました。

本研究では、オタマジャクシの代替餌を調査するため、養殖可能な複数の餌を使ってシャープゲンゴロウモドキの幼虫を飼育し、成虫の体長、幼虫の生存率、幼虫の成長速度という3つの基準で代替餌の質を比較しました。

 

研究成果

グループ1(1~3齢幼虫にヤマアカガエルのオタマジャクシを与えた)、グループ2(1~2齢幼虫にはミズムシ、3齢幼虫には金魚を与えた)、グループ3(1~2齢幼虫にはミズムシ、3齢幼虫にはコオロギを与えた)で育てた結果と、野外採集個体の体長を比較した結果は以下の通りです。

 

成虫の体長

 成虫の体長を比較した結果、体長には雌雄差があることがわかったため、雌雄を分けて比較しました。

1~3齢幼虫にオタマジャクシを与えて育った雌成虫は、1~2齢幼虫にミズムシを、3齢幼虫にコオロギを与えた成虫よりも大きく育ちました。しかし、野外採集個体と3つのグループ(1~3齢幼虫にオタマジャクシを与えた幼虫、1~2齢幼虫にミズムシ・3齢幼虫に金魚を与えた幼虫、1~2齢幼虫にミズムシ・3齢幼虫にコオロギを与えた幼虫)の比較では、雌雄ともに成虫の体長に有意差はありませんでした。つまり、全てのグループで野外個体と同等の体長に成長しました。

 

幼虫の生存率

 1~2齢幼虫は、オタマジャクシを与えたグループ1と、ミズムシを与えたグループ2~3との間において、生存率に有意な差はありませんでした(オタマジャクシ区80%;ミズムシ区86%)。3齢幼虫の生存率もグループ1~3の間に有意な差がありませんでした(オタマジャクシ区100%;金魚区86%;コオロギ区77%)。

 

幼虫の成長速度

 1~2齢幼虫は、オタマジャクシを与えたグループ1と、ミズムシを与えたグループ2~3との間において、成長速度に有意な差はありませんでした。3齢幼虫は、オタマジャクシ区とコオロギ区は金魚区に比べて成長速度が有意に早いことがわかりましたが、その差は数日程度でした。

 

結論

成虫の体長、幼虫の生存率、幼虫の成長速度を比較した結果、今回使用した代替餌(ミズムシ、金魚、コオロギ)はオタマジャクシと比べて十分な品質であることが示されました。2023年の繁殖期には1~3齢幼虫にコオロギだけを与えて飼育してみましたが、多くの個体が成虫まで育ちました。つまり、シャープゲンゴロウモドキの幼虫は養殖可能な餌のみを用いて飼育することが可能であり、複数の選択肢を提案することができました(各餌を使った時の利点・欠点については論文をご覧ください)。

シャープゲンゴロウモドキを生息域外保全する時に使われてきたヤマアカガエルは、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストに選定されています。シャープゲンゴロウモドキを保全するために他の希少種を過剰に採集することは、1種の保全のみに焦点が当てられており、保全としては大きな問題を含んでいます。代替餌を使用することにより、野外からヤマアカガエルのオタマジャクシの過剰採集が不要になり、シャープゲンゴロウモドキの持続可能な生息域外保全が可能になるでしょう。これは、シャープゲンゴロウモドキとヤマアカガエル両種の保全に貢献します。

   

論文情報

論文タイトル:Larval prey options for the endangered species Dytiscus sharpi (Coleoptera: Dytiscidae: Dytiscinae) for sustainable ex-situ conservation

掲載誌:Journal of Insect Conservation

 著者:Kohei Watanabe (渡部晃平),Tomoki Sumikawa (澄川智紀)

論文掲載サイト:https://doi.org/10.1007/s10841-023-00506-7