当館の調査・研究活動

イリオモテケシカタビロアメンボのオスは交尾相手を確保するために

 

メスが幼虫の時からガードすることを発見

メス幼虫の上に乗り、交尾前ガードするイリオモテケシカタビロアメンボのオス

 

石川県ふれあい昆虫館の渡部晃平学芸員、福富宏和学芸員、在野研究者の松島良介氏の研究チームが、イリオモテケシカタビロアメンボの交尾戦略について新知見を発見しました。

本研究成果は昆虫行動生態学の国際誌 Journal of Insect Behavior に掲載されました。

 

研究の背景

交尾前ガードは、多くの昆虫のオスで見られます。この行動は、交尾相手となるメスを確保しやすいという利点がある一方で、メスが交尾可能になるまでの間に多くの時間を消費するなど、オスにとって複数のコストも生じます。

 カタビロアメンボ科(水面を走り回る小型のアメンボの仲間)では、オスの成虫がメスの幼虫の上に乗り、そのままメスが羽化して成虫になる(交尾できるようになる)のを待つという珍しい交尾前ガードが報告されています。世界に約1,000種が存在するカタビロアメンボ科のうち、このような行動が報告されているのはたった3種だけでした。外国に生息する Phoreticovelia rotundaP. disparata という2種(共に和名なし)では、メス幼虫が背面から分泌物を出し、メスの上に乗っているオスは、メスが羽化するまでの間この分泌物を食べて過ごします。これら2種は、野外での性比がオスに大きく偏り、交尾できなかった約20%のオスが、4~5齢幼虫のメス幼虫の上に乗り、成虫になり交尾できるようになるまで待ちます。もう1種は日本にも分布するウスイロケシカタビロアメンボです。これら3種は、オスがメスに比べて著しく小型であり、メス成虫の上に容易に乗ることができる程の体格差があります。このように、カタビロアメンボ科で交尾前ガードが見られるのは、性比がオスに偏っている、またはメスがオスより顕著に大きいという性的二型が発達した種に限られます。

 私たちは、雌雄の体格差が小さいイリオモテケシカタビロアメンボでもオスがメス幼虫の上に乗る交尾前ガードを取ることを発見しました。本研究では、本種のオスにおける交尾戦略やメス幼虫との行動的な相互作用を調べました。

 

研究成果

5齢幼虫のメス、羽化後24時間以内の未交尾メス、羽化後3日以上が経過した未交尾メスを1匹ずつ入れた容器に未交尾のオスを入れ、オスがどのメスを好むのかを定量的に調べました。その結果、80%のオスが羽化後3日以上経過したメスを選び、交尾しました。一方で、オスと5齢幼虫のメスを同じ容器に入れてその後の行動を観察した結果、5時間以内に79.6%のオスがメス幼虫の上に乗り、交尾前ガードを開始しました。大半のオスは、幼虫が羽化して成虫になった瞬間に、羽化したメスへと乗り移り、交尾を成功させました。

 羽化後24時間以内に交尾したメス成虫の受精卵率を調べた結果、産卵数の75%が受精卵でした。また、これらのメスと、羽化後3日以上経過した後に交尾したメスとの間には、受精卵率と産卵数に統計的に有意な差はありませんでした。

 最後に、226個の卵を育てて本種の雌雄差を調べた結果、オスが118頭、メスが108頭となり、雌雄比はほぼ同じであることもわかりました。

 以上の結果から、イリオモテケシカタビロアメンボのように性比の偏りや雌雄の体格差が小さい種においても、交尾前ガードが起こりうることが判明しました。本種のオスがメス幼虫に対して交尾前ガードを取る背景には、羽化したメスとすぐに交尾することが可能であり、問題なく受精卵を産めることと関係があると考えられます。

 一方で、幼虫に対して交尾前ガードを取ったあるオスは、幼虫が羽化するまで3日間も幼虫に乗り続け、交尾までの間に多くの時間を消費しました。別のあるオスは、自分が乗った幼虫が羽化したことに気づかず羽化殻に乗り続け、交尾に失敗しました。オスがメス幼虫に乗った状態は、単体でいる時に比べると見た目の大きさが約二倍になることから、外敵に見つかりやすくなります。このように、幼虫に乗ったオスには、長い時間を必要としたり、それでも交尾に至らないことがあったり、外敵から襲われやすくなったりするリスクを負っていることもわかりました。それでも多くのオスが、メスが幼虫の時から交尾前ガードを取ろうとするのには何か理由があるはずです。このことを解明するためには、オス同士のメスをめぐる競争関係を絡めたさらなる研究が必要です。

 

※2023/2/18 一部修正

  

論文情報

論文タイトル:Male mating strategy and preference for females of different maturity stages in the small water strider, Microvelia iriomotensis (Heteroptera: Veliidae)

掲載誌:Journal of Insect Behavior

著者:Kohei Watanabe (渡部晃平),Hirokazu Fukutomi (福富宏和),Ryosuke Matsushima (松島良介)

論文ダウンロードページ:https://doi.org/10.1007/s10905-023-09818-7

次のリンクからは無料で読むことができます:https://rdcu.be/c5Jc2