当館の調査・研究活動

ニセルイスツブゲンゴロウの生活史を飼育により解明

ニセルイスツブゲンゴロウの3齢幼虫

 

石川県ふれあい昆虫館の渡部晃平学芸員が、ゲンゴロウ科の一種ニセルイスツブゲンゴロウの生活史を飼育により明らかにしました。これは本種の未成熟期を記載した世界で初めての研究です。さらに、本種を含むツブゲンゴロウ属5種の比較により、幼虫の色彩は種群あるいは周辺環境によって異なり、周辺の環境に擬態している可能性が示唆されました。

研究成果は、日本昆虫学会が発行する英文誌「Entomological Science」に掲載されました。

 

 

研究の背景

ニセルイスツブゲンゴロウは日本、韓国、中国、ロシアに分布するツブゲンゴロウ属の一種です。本種は分布域が広いものの産地は局地的で、生息地は多くありません。さらに、本種を含むツブゲンゴロウ属は、多くの種が環境省版レッドリストに掲載されており、近年激減しているグループです。本種の生活史を解明すること、ツブゲンゴロウ属の生態的な情報を収集することは、今後の保全戦略を立てる上で不可欠です。

本研究では、秋田県で採集されたニセルイスツブゲンゴロウを飼育下で繁殖させ、生活史を解明しました。そして、当館がこれまで研究してきたキタノツブゲンゴロウ、ニセコウベツブゲンゴロウ、コウベツブゲンゴロウ、ヒラサワツブゲンゴロウを含めた5種の幼虫期間や幼虫の色彩等を比較し、生態学的意義について考察しました。

 

 

研究成果

ニセルイスツブゲンゴロウの繁殖に成功し、各齢期の幼虫期間、蛹の期間などが初めて明らかになりました。さらに、当館がこれまで研究してきたキタノツブゲンゴロウ、ニセコウベツブゲンゴロウ、コウベツブゲンゴロウ、ヒラサワツブゲンゴロウを含めた5種の幼虫期間や幼虫の色彩等を比較した結果、以下のことがわかりました。

 

幼虫の色彩は周辺環境に適応し、擬態している可能性がある

 ニセルイスツブゲンゴロウの幼虫は、1齢幼虫の途中から幼虫期間を終えるまで、鮮やかな緑色をしていることがわかりました。一方、キタノツブゲンゴロウ、ニセコウベツブゲンゴロウ、コウベツブゲンゴロウ、ヒラサワツブゲンゴロウの4種では、3齢幼虫の最後の2日間を除くと褐色~暗褐色をしています。ニセルイスツブゲンゴロウは水生植物が豊富な池に生息しており、水中には緑色が多く存在します。他方、ニセコウベツブゲンゴロウやヒラサワツブゲンゴロウは林に囲まれた環境に生息することが多く、このような環境では日陰が多く、落ち葉が堆積しており、水中には茶色が多く存在します。以上のことから、幼虫の色彩は周囲の環境に適応し、カモフラージュのような効果があるのではないかと考えられました。

 

繁殖地の水域が安定している種ほど幼虫期間が長い可能性がある

 全幼虫期間をツブゲンゴロウ属の5種で比較した結果、ニセルイスツブゲンゴロウが最も長く、次いでキタノツブゲンゴロウ、ニセコウベツブゲンゴロウと続き、コウベツブゲンゴロウとヒラサワツブゲンゴロウが最も短いことがわかりました。ニセルイスツブゲンゴロウとキタノツブゲンゴロウは池、ニセコウベツブゲンゴロウは湧水由来の浅い湿地や池、コウベツブゲンゴロウとヒラサワツブゲンゴロウは水田や池などに生息しています。池のような安定した水域に主に生息する種は幼虫期間が長く、水田のような一時的な水域を利用する種では幼虫期間が短い傾向があることが示唆されました。つまり幼虫期間は繁殖地の湛水期間の長さに関係している可能性があります。

 

研究者から一言

本研究では、生きた幼虫の情報を基に、近縁種との比較を行いました。このような結果は、標本を観察するだけでは得ることができません。小さなゲンゴロウ科の飼育技術が確立され、さらに同様の方法で飼育を行うことにより、初めて比較が可能になります。国際的に見てもこのような研究事例は非常に少なく、本研究では、希少種の多いツブゲンゴロウ属各種の保全や生活史の解明に繋がる重要な研究成果が得られました。

   

 

論文情報

論文タイトル:Life history of Laccophilus lewisioides Brancucci, 1983 (Coleoptera: Dytiscidae) and the ecological significance of the larval period of five Laccophilus species

掲載誌:Entomological Science, 第25巻2号

著者:Kohei Watanabe (渡部晃平)

論文ダウンロードページ:https://doi.org/10.1111/ens.12509