当館の調査・研究活動

ゲンゴロウ属幼虫の頭部形態が種および幼虫の齢期を識別する指標になることを解明

写真.14のランドマークをプロットしたゲンゴロウの3齢幼虫の写真

 

石川県ふれあい昆虫館の渡部晃平学芸員、水生昆虫研究者の猪田利夫博士、東邦大学の小沼順二博士、東海大学の北野忠博士らの研究チームが、ゲンゴロウ属幼虫の頭部形態を用いて種および幼虫の齢期を識別できることを解明しました。本研究成果の活用により、同定が難しかった希少種のゲンゴロウ属幼虫を対象として、将来的には写真一枚だけでも種および幼虫の齢期が特定できるようになる可能性が示されました。

本研究成果は、ドイツの国際学術誌「Zoologischer Anzeiger」に掲載されました。

 

 

研究の背景

ゲンゴロウ属は、ゲンゴロウ科の中でも大型種を含むグループで、日本にはクロゲンゴロウ、トビイロゲンゴロウ、コガタノゲンゴロウ、マルコガタノゲンゴロウ、フチトリゲンゴロウ、ヒメフチトリゲンゴロウ、ゲンゴロウの7種が生息しています。これらは下記表の通り、絶滅の危機に瀕しています。

 

表.ゲンゴロウ属の種の保存法および各レッドリストの選定状況

 

 ゲンゴロウの調査は通常成虫を対象として行われますが、個体数が多い幼虫を対象にした方が効率的です。特に遭遇確率の低い絶滅危惧種においては、その傾向が顕著でしょう。

しかし、幼虫は種同定が難しいという欠点があり、特に1~2齢幼虫の種の識別は専門家でも難しく、同定に必要な情報が不足していました。ゲンゴロウ属の幼虫形態については、頭盾が最も多様な形質の一つであり、種の識別に重要であることが示唆されていましたが、日本産ゲンゴロウ属全種の全齢期を対象とした頭盾形態の定量的な比較は、これまでになされていませんでした。

本研究では、幾何学的形態解析学のランドマーク法を用いて、日本産ゲンゴロウ属全種の全齢期の幼虫の頭部形態を初めて定量的に比較しました。

  

 

研究成果

上記写真のように頭部に14のランドマークをプロットし、形態について解析した結果、日本産ゲンゴロウ属全7種において、幼虫の頭盾形態は幼虫の成長過程で独特の変化を示すことがわかりました。これら7種の全齢期の幼虫の頭部背面の写真計420枚を用いて、今回算出したCentroid size(重心距離)とCanonical variate(正準変量)の各スコアを組み合わせて1個抜き交差検定およびクラスター解析を実施したところ、以下のような結果が得られました。同種内の幼虫を用いて解析した結果、全ての種において95%以上の精度で齢期が特定されました。種と齢期を混合して解析した結果、90%以上の精度で種が特定されました。以上の結果から、幼虫の頭部の写真から算出した2つのスコアを用いることで、日本産ゲンゴロウ属の種の識別や幼虫の齢期の特定が可能であることが強く示唆されました。

   

 

展望

種の同定は野外調査や保全活動を行う上で、不可欠な技術です。昆虫に限らず一般的に行われている手法の一つとして、DNA検定による種の識別が挙げられますが、同種内の年齢(幼虫の齢期)を判別することは現状では困難ですし、対象個体を殺虫する必要があるというデメリットもあります。本研究では、ゲンゴロウ属幼虫の頭部を撮影し、パソコンの画面上で14個のランドマークをプロットするだけのシンプルな方法で、種の同定と幼虫の齢期の特定を同時に行うことができました。ゲンゴロウ属には、国内では南西諸島だけに分布する種もいることから、調査地域の情報を加味することで、より正確な同定結果が得られるでしょう。つまり、写真1枚から、種と齢期を同時に判定でき、コストも抑えられるという点では画期的な手法であると考えられます。さらに、ゲンゴロウの専門家でさえ同定が難しかったゲンゴロウ属の幼虫の同定のハードルを大きく下げることにも貢献します。例えば、今回の研究成果を活用すれば、野外で撮影した頭部写真から種や幼虫の齢期を識別するツールを開発できるかもしれません。

 

  

論文情報

論文タイトル:Larval clypeus shape provides an indicator for quantitative discrimination of species and larval stages in Japanese diving beetles Cybister (Coleoptera: Dytiscidae)

掲載誌:Zoologischer Anzeiger, 第296巻

著者:Toshio Inoda 猪田利夫, Kohei Watanabe 渡部晃平(石川県ふれあい昆虫館), Tatsuki Odajima 小田島 樹(東海大学), Yusuke Miyazaki 宮崎裕輔, Shintaro Yasui 安井伸太郎, Tadashi Kitano 北野 忠(東海大学), Junji Konuma 小沼順二(東邦大学)

 

論文ダウンロードページ:https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0044523121001492